この記事は青識亜論さんのtogetter 憲法食堂「ヘイトスピーチがやりすぎな件について」と中里見先生に対して補足を行います。
上記togetterを読んで感じたのは、自分が知っているPAPSと青識亜論さんが考えるPAPSが一致しないという違和感です。PAPSはシンポジウムを数多く行ってきた学術系の団体だと思っており、APP研と大きな違いがあるという印象がないのです。以下では青識亜論さんのツイートを批判的に検討します。
年表
APP研とPAPSの年表を簡単にまとめました。下記の補足を読む際の参考にしてください。
1999/12 APP研設立 http://www.app-jp.org/modules/about/index.php?content_id=4
2006〜2009? 角田由紀子氏共同代表を辞任?
2008/8 APP研論文・資料集8
2008/9〜2008/12 理論社事件。後のPAPSの代表となる横田千代子氏が中心となる署名集め
2009/5/1 PAPS設立
2009/5 公明党の「児童買春・ポルノ禁止法見直しPT」で中里見教授が講演
2009/7〜9 当時、角田由紀子氏が理事を務めていたEquality Nowによるレイプレイ販売中止署名
2009/8 APP研論文・資料集9
2009/10 PAPS第一回シンポジウム「ポルノ被害と女性・子ども人権」
2010/10 APP研論文・資料集10
2010/11 PAPS『証言・現代の性暴力とポルノ被害 〜研究と福祉の現場から』発行、第二回シンポジウム「ポルノ被害と子どもの貧困〜おびやかされる子どもの性」
2011/1 APP研定例会
2011/3 東日本大震災
2011/5 APP研4ヶ月ぶりの定例会。以降、HPでは2012/7までAPPの活動記録はない http://www.app-jp.org/modules/topics/index.php?content_id=61
2011/10 APP研10周年記念パンフレット
2011/11 PAPS第三回シンポジウム「子どもの日常を取り巻く性被害〜学校・ストリート・施設」
2012/? 中里見先生、徳島大学へ異動。少なくとも2012/5/17より前 http://web.archive.org/web/20120601000000*/http://pub2.db.tokushima-u.ac.jp/ERD/organization/10992/person-idx2-ja.html
2012/7 APP研定例会。以降、APP研HPの活動記録が更新されなくなる
2012/9 PAPS第四回シンポジウム「国際的に広がる性売買被害〜オーストリア、韓国、日本の現状から」
2013/1〜3 森美術館事件
2013/8 PAPS森美術館本出版
2014/3 PAPS第五回シンポジウム「館長、その“芸術”は性暴力です!」
補足
@dokuninjin_blue: それから、現在のAPP研の活動ですが、この団体、もともと福島大学が拠点となっていたのですが、東日本大震災をきっかけに、中里見先生が西日本に「避難」したため、開店休業状態になっているようです。そういえば、空想ポルノ規制問題の潮目が変わり始めたのも、この頃のように思います。
APP研は2003年に福島大学で講演会を開いていることが確認できます。また、2004年のパンフレットでは福島大学が連絡先になっています。これが後年、たとえば2008年4月と思われる記事では都内で定例会を開いていることが確認できます。翌2009年の定例会の多くは東京で行われています。2008年もしくは2009年には活動の中心が東京へ移っているようです。理由は分かりませんが、他の団体と連携する際に東京が便利であるということがあるのでしょうか。ちょうど角田由紀子氏が失脚した頃ですが、明治大学教授の角田氏が失脚したことで活動の中心が東京に移動するというのは話が通らない気がします。
規制問題の潮目が変わり始めた原因=中里見先生避難説についてはただ時期が重なっているだけで根拠がありません。伝え聞く2009年の幻の合意案と2014年の法改正はある種の単純所持を禁止しアニメゲーム規制研究はなしという点で一致するため、潮目が変わったかとまで言えるかというと微妙なところもあります。2010年都条例がインターネットで話題となり、コン研やうぐいすリボンなどの活動がインターネットを通じて広まったことで潮目が変わったと思う人が増えたのではないでしょうか。
@dokuninjin_blue: これがどういうことかと言いますと、APP研は理論集団なので、「消費被害」など「新しい被害の告発・理論化」ができるのですが、PAPSは基本的には現にある被害者の救済を目的としているので、対象はどうしても制作被害の救済に偏る。
まず、制作被害や消費被害といった用語について説明します。PAPSでは「ポルノ被害」を5つに分けています。1つ目は制作被害、ポルノの制作過程で発生する暴行や契約内容に基づかない行為を強要するなどといった暴力や盗撮などを指します。2つ目は流通被害、これはリベンジポルノ目的公表罪や児童ポルノの頒布罪が当たります。3つ目は消費被害、ポルノの視聴やポルノの内容を強要されること、ポルノの影響を受けて性的暴力が発生することを指します。4つ目は社会的被害、見たくない権利+マッキノン的な考えのポルノを見ることによる女性蔑視の強化が当たります。5つ目は存在被害、日本ユニセフ協会がよく主張していた、誰かが自分が映った児童ポルノを持っていると思うと恐ろしくてたまらないといった恐怖+ポルノに出演していたことをばらされたくなかったら言うことききなという脅迫。以上の5つです(第二回シンポジウム資料を元に解説)。
青識亜論さんは性的消費と消費被害を同一のものとして理解していますが、ryoさんのツイートを読む限りでは「性的消費」はおそらく女性性のモノ化、女性を人以下のものに貶める概念の一種であると考えられますので、性的消費に対応するPAPS用語は社会的被害+二次的な消費被害となるでしょう。(参考)togetter「性的消費」の何が悪いのか、という問いについて
本論には関係ないのでそれはそれとして、上記は中里見先生の認識もしくは青識亜論さんが中里見先生の認識として理解したものでしょう。しかし、PAPSは「被害者の救済」あるいは「制作被害の救済」を行うことを目的とする団体ではありません。PAPSの目的をHPから引用しましょう。「ポルノグラフィの制作・流通・消費などを通じて、あるいはその影響を受けて生じているさまざまな人権侵害や性暴力の問題について議論・調査・検討し、この問題を社会に広く訴えていくことを目的とする」団体です。
次にシンポジウム内容を確認します。第一回は確かに制作被害についてのシンポジウムと思われます。しかし、2回目以降は違います。第二回は上記5類型の説明+5類型を超えた社会のセーフティネットについて、第三回は社会のセーフティネットについて、第四回は海外事例の紹介、第五回は主に社会的被害の話となっています。私自身が参加した第二回〜第四回については他団体との連携を視野に入れたものであるという感触です。第五回で外部連携が弱くなったのはライトハウスに「顧客」を取られたのでしょうか。なお、第一回の前には理論社、第五回の前には森美術館に抗議行動を行っています。
結論を述べます。PAPSは理論集団(議論・調査・検討)であり、かつ、抗議という形の「実行部隊」(社会に広く訴えていく)です。また、2008年から2009年には都内に活動拠点が移っていることを考えれば、それまで福島―東京間で連携して研究できていたものが徳島―東京間では研究できなくなるといったことはにわかに信じがたく(徳島県から東京に出る交通手段の貧弱さは認めます)、中里見先生の避難はAPP研が活動停止した直接の原因ではであると思いますが、真の原因ではないように思えます。
2010/11のPAPS第二回大会および『証言・現代の性暴力とポルノ被害 〜研究と福祉の現場から』にてAPP研の理論はPAPSに引き継がれたのではないでしょうか。そして、APP研の存在意義が薄れたことにより二つの団体の境目がなくなってしまったことがAPP研が活動を停止した原因の一つではないかと私は思います。たとえば2011年のAPP研スタッフ会議でコンビニのエロ本が取り上げられていますが、この活動はPAPSでもコンビニアクションとして受け継がれています。もう一つありえるのは、PAPSの方が人脈を増やすことができるからというのもありえるかと。どうやら中里見先生の認識(理想)と現実がずれているようです。
今後の課題としてはAPP研の研究がPAPSに引き継がれたものと同一であるか確認すること、APP研の活動拠点が福島から東京へ移動した時期の特定が挙げられます。以下はおまけです。
@dokuninjin_blue: ポルノ規制の潮流は大きく分けて二つあり、一つは猥褻物・有害図書規制の文脈から規制を目指す保守派(矯風会など)。もう一つはジェンダー問題の観点から規制を目指す左派、ラディカルフェミニズムの勢力です。これが左右両輪となって規制を推進する原動力となっていた……と考えられます。
矯風会はこの15年間、直接的にはポルノ規制に関わっていなかったと思います。(2004年の都条例強化について自信なし)矯風会を母体とするECPAT東京が創作物規制を目指しているためECPAT東京について語りますが、ECPAT東京は「子ども買春・子どもポルノは、子どもの基本的人権の侵害である」「子どもへの性的虐待の永続的描写である児童ポルノ」という人権論に立っていますので、理論的には風紀紊乱・健全育成の観点からポルノ規制を目指す保守派ではなく、左派に分類すべきでしょう。
@dokuninjin_blue: さて、ひとくちにラディカルフェミニズムといっても様々あるのですが、ことポルノ規制に関しては、「実行部隊」になってきたのがポルノ被害と性暴力を考える会 (PAPS)、「理論武装」を担当していたのがポルノ・買春問題研究会(APP研)でした。
青識亜論さん自身が後に解説するように2012年にはAPP研が開店休業状態に陥っているため、APP研とPAPSが並列して存在していたのは2009年〜2011年の2年強にすぎません。PAPSが「実行部隊」として動いたのも理論社と森美術館(後者の時期にはAPP件は開店休業状態)くらいです。APP研が「理論武装」でPAPSが「実行部隊」という感覚がどこから来ているのかと不思議に思います。青識亜論さんはAPP研とPAPSを整然と区別しているようですが、私はこの二つを前者から後者に発展的解消を遂げたものとして理解しているのもあるのでしょう。
@dokuninjin_blue: @hiroujin そうですね。角田前会長はもともとセックスワーカー論が専門の方で、実際の労働現場の女性を救済する活動に軸足を置いておられました。売買春否定論に舵を切ったのは、やはり会内部の人事が影響しているのでは……と思っています。あくまで外部からの憶測ですが。
マッキノンの元で学び著書に「ポルノグラフィと女性の人権」の項目があり、レイプレイ事件で主体的に動き、PAPSの森美術館集会に講師として出ている角田氏はセックスワーカー論(セックスワーク論の誤記?)にとどまる人ではないでしょう。角田氏のセックスワーク論に対する姿勢については著書を読んでいないため保留します。
11/27 1:35追記
@dokuninjin_blue: PAPSの「実行部隊」という表現は、中里見先生のお言葉そのままです。PAPSはAPPの実行部隊となる「外郭団体」として設立した、と先生はおっしゃっていました。現状はともかくとして、当初の構想はそうだったのでしょうね。