定められた字数に収めるためという都合もあったのであろうが、不正確であると思われる箇所や疑問に思われる箇所、記述が不十分であると思われる箇所が見受けられるため次を指摘させて頂く。なお、全体の流れについては同意する。
前編
●純潔教育とポルノ廃絶、児童ポルノ規制運動の始まり
恐らくエクパット東京は「性的的搾取・性的虐待からの児童の人権保護」という主張であれば、ポルノ規制に対する世論の支持を得やすいと考えたのであろう。まず1995年に「日本国内の書店、コンビニで販売されている児童ポルノの実態調査」を行い、規制への足がかりとした。この調査で彼等は、全国32市町村約110店舗のコンビニエンスストアの約97%で、児童ポルノが販売されていたという調査結果を発表している※6。
※6 ECPAT/ストップ子ども買春の会「活動年表1996年7月」 http://old.ecpatstop.org/04act.htm /2011年1月20日、日本弁護士連合会「子どもの権利条約に基づく第1回日本政府報告に関する日本弁護士連合会の報告書」 http://www.nichibenren.or.jp/ja/kokusai/humanrights_library/treaty/child_report-1st_jfba.html /2011年1月20日。
実態調査は1995年から1996年にかけて行われた。正確には三二市町一一四書店およびコンビニ*1である。パーセンテージについては同じ婦人新報でも96%(1996/09)、96%〜97%(1997/01)、97%(1997/09)と諸説ある。
しかしライターの鳥山仁はこれについて、当時すでにコンビニや一般の書店では、実在の児童を使ったポルノはほとんど販売しておらず、存在していたのは成人がセーラー服などを着たポルノ雑誌等であり、彼等はこれらを児童ポルノと見なして調査数値に換算していったのではないか、と疑問を呈している※7。
※7 警察庁の『漫画・アニメ・ゲーム表現規制法』検討会問題まとめ @Wiki 「誰のための法律か?『児童ポルノ禁止法』に関する基礎知識( 前編)」http://www11.atwiki.jp/stop_kisei/pages/41.html /2011年1月20日。
矯風会調査における「子どもポルノ」*2の定義は婦人新報等に記載されていない。1995年から1996年にかけての調査と同じ基準であるかは定かではないが1999年から2002年にかけて矯風会が実施した調査で「3. ビデオについては、タイトルで 明らかに被写体が十八歳未満である(小学生、中学生、女子高校生など)ものがあり、 ビニールで覆っている。十八歳以上の出演者によって少女たちに対する性交、性暴力行為を描いている作品が多く見られる」*3という記述があるため「成人がセーラー服などを着たポルノ雑誌等であり、彼等はこれらを児童ポルノと見なして調査数値に換算」した可能性は高い。ただし、鳥山仁氏自身が言及している「日本のロリコン雑誌」が書店にあったと思われるため「実在の児童を使ったポルノはほとんど販売しておらず」とまで言ってよいかについては疑問符をつけさせて頂く。
●児童ポルノ禁止運動と自民党の連携
エクパット東京はこの調査結果を1996年スウェーデンで開催された『第一回児童の商業的搾取に反対する世界会議』で発表し※8、日本は世界最大の児童ポルノ大国であると会議で批判を浴びた※9。未だに新聞紙上などで見られる「日本は主要な児童ポルノ大国」という批判は、この時に作られたものだ。これが原因となり自民党や社民党、さきがけの連立与党3党は、1997年児童ポルノ禁止法制定に向けたプロジェクトチームを立ち上げた※10。
※8:ECPAT/ストップ子ども買春の会「活動年表1996年8月」 http://old.ecpatstop.org/04act.htm /2011年1月20日。
※9:森山真弓(1999年)『よくわかる児童買春・児童ポルノ禁止法』ぎょうせい/15,16P。
※10:森山真弓(2005年)『よくわかる改正児童買春・児童ポルノ禁止法』ぎょうせい/21P。
会議名称は『第一回児童の商業的性的搾取に反対する世界会議』が正しい。
ストックホルム会議時点における日本に関する認識をストックホルム会議に関する記事*4から引用しよう。「日本に対しては、子どもを使ったポルノの製造・販売拠点のひとつであり、買春者を送り出す加害国であるとの指摘が相次いだ。」つまり「世界最大の児童ポルノ大国であると会議で批判を浴びた」のではない。
●エクパット東京と日本ユニセフとの共闘関係
次期改正を狙い、次にエクパット東京が関係を深めたのは日本ユニセフであった。両団体の関係が表面化したのは、1997年に開催されたスウェーデン大使館・日本ユニセフ協会主催『ストックホルム世界会議・フォローアップ会議と国際シンポジウム』からだ。1999年の児童ポルノ禁止成立までは、幾つかのシンポジウム等を共同開催し、最初の児童ポルノ禁止法改正時期を迎えた2003年には、呼びかけ団体に日本ユニセフが、呼びかけ人にエクパット東京代表の宮本潤子が参加し、共に『「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び保護等に関する法律」の改正に向けた要望書』を国会に提出するまでになっている*13。
上記文章を素直に読んだ場合、日本ユニセフ協会とエクパット東京は特別法成立前から関係があることがわかり、特別法成立後に関係が深まったと書かれているがどのぐらい深まったのか記載がないため本当に関係が深まったのか疑問に思うだろう。高村氏の記事には記載されていないが、1998年4月7日に日本ユニセフ協会東郷良尚氏とエクパット東京宮本潤子氏の連名で児童買春・児童ポルノ禁止法の早期制定をもとめる共同アピールが出されており*5、2003年との違いは不明である。鳥山仁氏もそうであるが、高村氏には矯風会/エクパット東京を過大視する傾向を感じる。
後編
●警察庁による表現規制推進活動の開始
警察庁が表現規制推進活動への全面的協力を行った事により、各政党や官庁に対するエクパット東京や日本ユニセフの影響力は、飛躍的に上がる事になった。例えば宮本潤子は様々な協議会や委員会に、児童ポルノ問題の専門家として参加する様になっている※12。
※12:レイティング/フィルタリング連絡協議会 研究会「2005年度「レイティング/フィルタリング連絡協議会」第2回研究会」http://www.iajapan.org/rfcouncil/2005/doc02_proceedings.pdf /2011年2月2日。BPO/放送倫理・番組向上機構「第86回 放送と青少年に関する委員会」http://www.bpo.gr.jp/youth/giji/2007/086.html /2011年2月2日。
宮本潤子氏は2001年6月14日に企業・団体39団体、警察28団体をもって設立したインターネットホットライン連絡協議会の設立準備会合から参加*6、警察庁が設立したインターネット上の少年に有害なコンテンツ対策研究会に2002年から数回参加している。2005年以降協議会に参加するようになったという説明については疑問符をつけさせていただく。
●日増しに強まる外圧
警察庁の協力により国内での活動が磐石になったエクパット東京は、次に外圧の強化に乗り出す。2005年にタイのバンコクで開催された、国際エクパット主催の『国際ECPAT円卓会議』『アジア太平洋地域協議会』に宮本潤子は出席し、会議の席上、同年に浜銀総合研究所が日本のコンテンツ産業について発表した調査報告書「2003年のコンテンツ市場における「萌え」関連は888億円」を持ち出し、「日本の漫画やアニメにおける『萌え』市場は、全て児童性虐待の産物である」と主張した※13。
※13:ECPAT International「Violence against Children inCyberspace」http://www.ecpat.net/ei/Publications/ICT/Cyberspace_ENG.pdf /32P/2011年2月3日。
宮本潤子氏が上記会議に出席したこと、『国際ECPAT円卓会議』で上記発言があったことは事実であるが、発言者は記載されていないため宮本潤子氏の発言であるとは断定できない*7。『アジア太平洋地域協議会』*8ではエセル・クエール教授が"Meanwhile, agreement is lacking within and between communities on definitions, laws and perceptions of what is appropriate, such as when children are sexualised within mainstream media or where abuse images remain legal, as in the case of some manga products in Japan"と主張していることから、『国際ECPAT円卓会議』の発言もエセル・クエール教授である可能性がある。
なお、エセル・クエール教授およびテイラー教授は2001年の横浜会議で「日本の漫画が西欧のペドファイルに広く所有されており、子どもを性的対象とするコミックと写真を区別する理由はない」と発言している。*9
2008年11月ブラジルのリオで開催された、『第3回児童の性的搾取に反対する世界会議』において、日本ユニセフとも関係の深いアイルランド・コーク大のエセル・クエール教授がこれを受ける形で、「日本の5千億円にも上る漫画市場は、その殆どが児童の性的露骨作品で占められている」※15「日本の漫画やアニメは、フォトショップなどのDTPソフトによって、実在の児童の写真を加工して作られている。その目的は児童の性的搾取にある」という報告を発表した※16。
※15:Meldpunt Kinderporno「CHILDPORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」http://www.meldpunt-kinderporno.nl/files/Biblio/Thematic%20Paper_ICTPsy_ENG.pdf /18,19P/2011年2月3日。
※16:Meldpunt Kinderporno「CHILDPORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」http://www.meldpunt-kinderporno.nl/files/Biblio/Thematic%20Paper_ICTPsy_ENG.pdf /18,19P/2011年2月3日。
警察庁すら「第3回児童の性的搾取に反対する世界会議」と記載しており困ったものである。"World Congress III against Sexual Exploitation of Children and Adolescents"の訳なので「第三回児童と青少年の性的搾取に反対する世界会議」とすべき。
エセル・クエール教授を日本へ招いたのはECPAT東京であり*10、なぜ日本ユニセフとも関係の深いと記載したのか不明である。私の知らない資料があればご指摘願いたい。
正確には「ガーディアン(2008)によると、日本の 5000 億円の漫画市場の多くの割合を占めているのは、その多くが学生や子供のように見える大人が強姦されるかSM拘束される性的に露骨な漫画である」であり、性的に露骨な作品どころの話ではない。
正確には「(前略)写真を切り貼りして作る疑似写真はしばしば技術的に高度な処理を施されている。(中略)しかし、このような製造物は数年前の技術にすぎません。」「Adobe Photoshopのようなソフトウェアの出現により、私たちの多くはかなり複雑なデジタル画像を創作することができる。コンピュータ処理されたアニメーションや3Dグラフィックは簡単に手に入るようになり、アニメーション児童ポルノが増加するだろう。それは完全にコンピュータ上の画像から制作されており、リアルなものになってきている。このような画像の頒布がどれほどのインパクトを与えるかは計り知れない。」「このような画像の第一の生産国は日本(後略)」であり、実在の児童の写真を加工することは古い手法であると切り捨てられている。
また他にも「バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会」の最終報告書も引用された※17。無論これらの報告は、そのほとんどが実態と全く違う事実無根の内容なのだが、結果的にこの会議で採択された公式声明「リオ宣言」では、「バーチャルポルノ(漫画やアニメなど)も製造・所持規制の対象にすべき」という文章が盛り込まれ※18、新たな外圧の源となったのである。
※17:Meldpunt Kinderporno「CHILDPORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」http://www.meldpunt-kinderporno.nl/files/Biblio/Thematic%20Paper_ICTPsy_ENG.pdf /18,19P/2011年2月3日。
※18:ECPAT International「HIGHTLIGHTS OF PROGRESSON WORLD CONGRESS III RECOMMENDATIONS ChildPornography/Child Abuse Images」http://www.ecpat.net/EI/Pdf/Child_abuse_image.pdf /1P/2011年2月3日。
宣言文そのものに(漫画やアニメなど)は含まれていない。とはいえ、ECPATのペーパーを見る限りでは、バーチャルポルノに(漫画やアニメなど)が入っていることを否定することは難しい。
番外
児童ポルノ禁止法の背景には右派、左派とか関係ないです。またラディカルフェミニズムも後発で、2003年以降に規制推進派に加わってきたものです。大元は戦前から廃ポルノ、廃娼運動を推進してきたプロテスタント原理主義団体の『日本キリスト教婦人矯風会』による、ポルノ廃絶運動が根本原因なのです。現在児童ポルノ禁止法での単純所持規制や、漫画やアニメ規制を推進している中心団体の『ECPAT/ストップ子ども買春の会(エクパット東京)』の代表、宮本潤子は矯風会の性・人権部幹事です。
日本のラディカルフェミニズムの代表的団体であるポルノ・買春問題研究会(APP研)は、2002年以降に始まった最初の児童ポルノ禁止法改正時にこの問題にコミットし始め、2006年のレイプレイ事件前後から漫画・アニメ規制のために本格的に政界ロビーを始めています。イクオリティナウの名前が知られたのも、この時期ですね。
APP研の代表メンバーは特別法成立前から規制推進に加わっています。角田由紀子氏は1992年7月2日に「児童ポルノ」への法的規制についての講演を行っていますし、婦人新報1996年9月号には論考を寄稿しています。同紙の1998年9月号には中里見博氏が児童ポルノに関わる論考を寄稿しています。ラディカルフェミニズムが後発だとは言えません。
そもそもAPP研は1999年12月に結成されており「2002年以降に問題にコミットし始め」という記載は公平性を欠いています。
*1: 宮本潤子. ”援助交際”という名の子ども買春 ――ecpatの視点から. 『婦人新報』, pp. 14–16, 9 1997.
*2:ECPAT東京は児童ポルノではなく子どもポルノと呼称する
*3:いのうえせつこ. 『多発する少女買春 子どもを買う男たち』. 新評論, 2001. pp.119-120
*4:朝日新聞. 子どもを使ったポルノ、法規制含め対策急げ 世界会議で対日批判も. 朝刊, 9 1996. 1996/09/11.
*6:『婦人新報』,p.32,2 2001
*7:http://www.ecpat.net/sites/default/files/Cyberspace_ENG_0.pdf
*8:https://www.crin.org/docs/EAP_Reg_Cons_Report_on_VaC.pdf
*9:中原眞澄. 世界会議ワークショップ日本の<価値観>を問う . 『婦人新報』, p. 8, 3 2002.
*10:「子どもに対する暴力」国連報告のための二つの会議に出席して,『婦人新報』,pp.18-19, 10 2005