皇帝が道を誤る原因は大きく分けて三つ。宦官、女性、最後に臣下だ。
宦官は幸いにも帝国では認められていない。第二の後宮の女性についてであるが、宰相の後ろ盾あって即位できた彼には選択権がなかった。彼は初め宰相の長女を皇后とたて、彼女の死後は宰相の三女を皇后にたてている。史書には第二夫人、第三夫人の存在が認められるが、彼女たちとの間に産まれた子供はいずれも早死にしている。死因についても伏せられており、毒殺であったとされている。
そして、臣下。皇帝から「友人」とまで呼ばれた男こそが、エストアが暗君と呼ばれる原因である。名前をアルトルと言う。
こんな逸話が残っている。
行幸のおりのことである。地方長官よりの贈り物のなかに見慣れぬものを発見したエストアは、貢ぎ物を携えた下級役人にこれは何か、と尋ねた。
「これは林檎と申す果物にございます」
「林檎くらいは朕も知っておる。だが、そちが林檎と呼ぶこれは青いではないか」
「確かに青くございますが、それでも林檎でございます」
たちどころに激高した皇帝の顔は”林檎のように”染まった。
「林檎は赤いからこそ、林檎と呼ばれるのだ。青い林檎などあろうはずもない!」
皇帝の怒りをかった役人は顔を青ざめさせると、くたっと床に崩れ落ちた。ほぼ同時に、がちゃがちゃと、貢ぎ物が床に跳ね返って音を立てる。
そのとき、アルトルが皇帝の目前にすっと立ち上がった。かと思うと、剣をすらりと抜き放つ。その太刀さばきは凄まじく、瞬く間に役人の首と胴を生き別れにした。
床にこぼれ落ちた貢ぎ物を浸すように血だまりが広がる。
突然の出来事に騒ぎたてる声をよそに、アルトルは床にこぼれ落ちた青林檎を拾い、まじまじと眺める。やがて満足そうに頷くと、血で染まったそれを恭しく皇帝に差し出した。
「御上のおっしゃるとおりでございます。朱いからこそ、林檎と言えましょう」
皇帝は我が意を得たりと、アルトルに百戸を追贈したという。