呉遠征記
1日目
東京~広島を飛行機で、広島~呉はバスで移動して10時過ぎに呉駅到着。空港から飛行機までのバスに1MYBのTシャツ着た人がいたので正解ルートであるらしいと把握。

さっそく呉市立美術館―の向かい側にあるというスタンプラリー台紙の販売地点へ向かいます。現地到着、列が2つあります。左がスタンプラリーの景品の列、C2機関物品購入列……らしい。案内はなし。物品購入列に並びましたが、台紙だけなら並ぶ必要はありませんでした。

台紙を購入したので、まずは目の前の呉市立美術館――は人が並んでいたので翌日に回すことにして昼食にします。広島だしお好み焼きだろう。噛み応えのある固めの焼きそばに甘いたれがかかっておいしゅうございます。




江田島市ふるさと交流館でいかにも旧軍らしいマルレの模型見て(@sagannさんのツイート見て交流館に行きました。情報ありがとうございます)、帰り際にベーカリーもみの木でおやつと夜食を購入。

クルージングまで時間があるので澎湃館へ。男たちの大和の展示がされているというだけで好感度マイナスなのですが、ここだけ職員が「不正を防ぐために」スタンプを押す仕組みになっており、更に好感度が下がります。艦これ展のポスターのモチーフとなったクレーンだけ鑑賞し、まだ時間があったので次は、てつのくじらへ。掃海艇による地雷撤去~ペルシャ湾という流れで機雷の展示に面積が取られていて興味深かったです。戦前とのつながりはなるべく書かない方向のようで、戦前の記述は呉に鎮守府があったことと伊58くらいのものでした。
そして艦艇めぐりへ。ラッパを鳴らす時刻になったら自衛官になんとか旗を振ってくださいねって旭日旗じゃねえか。大和を製造したドックの紹介しかり、戦前はシーレーンを寸断させられたのでシーレーンを守る艦を作りましたしかり、戦前からの連続性を意識する説明でした。軍港は解体して戦前と戦後はべつものという建前(公式説明)と異なり、呉は戦前から続く軍港だという本音が垣間見える瞬間でした。艦隊めぐりそのものは艦船の近くまで行けて迫力があり、夕陽も綺麗でいい思い出です。こんな穏やかな気持ちでクルージングできるのも今のうちかもしれないしね。


2日目
カレー機関は外れたので大和サブレ―を購入してすごすごと呉市立美術館の今回旅のメインとなる艦これ展へ。伊勢/日向2025という緊張感を感じさせる絵のあとで一部除き下着か水着の設定がある主力オブ主力の設定画なんかがあるので、休館中の大和ミュージアムの大和さん&ゆきかじぇ絵を見て「愚弄している」と吐き捨てた男性の意見もむべなるかなと思います。ただ、呉で建造された艦船の沈没記録のムービーは大和ミュージアム休館中の展示としてはよかったのではないかと。太平洋戦争中盤の「誘爆して」炎上した赤城や、呉空襲時の動かす燃料がなく砲台として利用した艦船群の多さは大和ミュージアムサテライトではぼかされていました。
ちょいと早めの昼食は平日だから空いているだろうと、なんか人気らしいSEASIDE CAFE BEACONへ。コラボメニューを頼んだのは失敗でした。具がしょぼい、勝手に炭酸がつく(私は苦手)、そしてこれで2500円。店内からの眺めはいいので、食欲>キャラクター欲ならコラボメニュー以外を選びましょう。



午後は入船山記念館へ。さすが鎮守府司令官の住まう所というべきか、呉市立美術館と標高が50mも変わらないにもかかわらず、明らかに涼しいです。呉で建造された艦船マップもあり、これこれこういうのが欲しいんだよといった感じです。艦これ展から流れてきたであろう人もちらほらいました。


松山行きのシーパセオまであと3時間。なにすべえといったところでgoogleマップがすずさん実家を提示してきたので行ってきたのですが、民家の邪魔にならないよう配慮されているであろう道を進んだ先にはマジで何もありません。なるほどここいらで軍艦をスケッチして憲兵のお世話になりそうになったんだな、と思える景色で辛うじて救われました。

ここまで2日間歩き続けてもう動けねえ……ので間宮羊羹(旧 和かふぇ遅々)さんでかき氷を頂きます。炎天下の今回の旅で一番美味しかったと言っても過言ではありません。さて、呉も地方都市の例にもれずセンター街がシャッター街になっています。駅直結3分のゆめたうん呉になんでも揃っているのでさもありなん、というかエミフル松前のように中心部から外れている車で行ける場所ならともかく駅直結なんて地元商店街を潰す気まんまんじゃないですか何考えてんの!?

