キャロライン・ノーマ氏の資料に対する検討

第4回 ポルノ被害と女性・子どもの人権シンポジウム 「国際的に広がる性売買被害 〜オーストラリア・韓国・日本の現状から〜」でキャロライン・ノーマ氏は次のように述べました。

オーストラリアの学者、たとえばマーク・マクリランドは、日本のアニメや漫画、パソコンゲームの重要性なるものを持ち出して、オーストラリア政府のネット規制計画に反対するキャンペーンを繰り広げています。マクリランドは、オーストラリアにおけるインターネットのフィルタリングに反対していますが、そんなことをするとオンライン上で日本の漫画にアクセスすることがもはやできなくなる(と称しています)という理由からです。*1

引用されたマクリランド氏の記事"Australia Set to Introduce Internet Filter that Could Block Access to Thousands of Anime, Comics, Gaming (ACG) and Slash Fan Sites"「オーストラリアはアニメ、コミック、ゲーム(ACG)とスラッシュ*2ファンサイトへのアクセスをブロックできるインターネットフィルタリングを導入しようとしている」の中身を読めば、上記の発言はマクリランド氏の記事を矮小化していることがわかります。

マクリランド氏は「日本の漫画にアクセスすることがもはやできなくなる」ために反対しているのではありません。ファンがACGやファンダムにアクセスできなくなり、研究者が研究対象であるファンおよびファンダム*3を失うと指摘しているのです。その根幹にある理由は「社会が子供を守るために払わなければならない代償なのだろうか?」「ナイーブなメディア効果論はほとんど意味がない」という点にあります。この点に目をつぶって上記のような理由で紹介することは正当な議論とは言えません。

日本「文化」の諸事例を持ち出すことで、マクリランドはオーストラリアの世論を納得させようとしています。すなわち、日本の写実的なアニメと漫画には、ネット上のポルノの規制緩和によって保護されるべき「芸術的」ないし何か特別なものがあるということを。

最初に挙げた文章の次にはこのような文章が続きますが、ここに至ってキャロライン・ノーマ氏がマクリランド氏の記事を全く読んでいないことが分かります。ACGやスラッシュは写実的ではないものとして挙げられていることが読み取れますし、”保護されるべき「芸術的」ないし何か特別なものがある”といった理由でフィルタリングに反対しているわけではありません。

マクリランド氏の記事

2009年12月、オーストラリア政府は国家の下でISPによるインターネット・フィルタリングを導入するための立法を進めることを発表した。対象には児童の性的虐待画像、獣姦、性的暴力、犯罪、薬物使用、テロ行為の提唱が含まれる。しかし、これまでの議論ではオーストラリアの反「児童虐待出版物」規制法がどれだけのサイトをブラックリストに加えるか考慮されていない。なぜならば「児童虐待出版物」は実在する児童だけでなく架空の「人の表現」を含んでいるからだ。「人の表現」の定義は非常に広汎であり、コンピュータゲーム、アニメーション、漫画、芸術作品さえ含まれる。この法律は裁判所でテストされ、シンプソンズ児童ポルノ所持で有罪判決を受けている。

写実さからかけ離れた表現でさえ児童ポルノ法の対象となることは、オーストラリアに拠点を置くACGおよびスラッシュファンにとって非常に重要である。ACGおよびスラッシュファンサイトにおけるこのような表現の普及を考えると、ACGおよびスラッシュファンが「未成年が性的なあるいは暴力的な状況におかれる」表現を含むサイトや、そのようなサイトへのリンクを含むサイトに日常的にアクセスすることは逮捕、起訴、あるいは性犯罪者のリストに加えられる危険性がある。また、フィルタリング法ができればこれらのサイトにアクセスすることは非常に困難あるいは不可能になるだろう。しかし、これは社会が子供を守るために払わなければならない代償なのだろうか。ファンタジーでも児童のセックス表現は「受容の風潮」を産み出し現実世界でも同様の行動が生まれるのだろうか?これらは政府の方針であり、検閲に反対する人々は「子供のことを考えていない」と批判されてきた。しかしブラックリストに載せられる可能性のあるコンテンツを見れば、ナイーブなメディア効果論はほとんど意味がないことが分かる。

たとえば1970年代の日本を起源とするアニメ、漫画、ライトノベルの超人気ジャンルであるBLは「美しい男子たち」の性的な関係を描いている。日本ではBLは大通りの書店で販売され、コミケで頒布され、公共図書館に収蔵されている。BLのファンダムは1990年代後半にグローバル化し、中国、韓国、アメリカに多くのファンがいる。アメリカではYaoi-conがひらかれるほどだ。英語だけでも52,000のBLマンガのサイトがGoogleでヒットする。これらの物語の多くは若い女性や学生の読者のために女性が執筆している。しかし、BLはハーレクイーン・ロマンスの漫画版であると思ってはいけない。長池一美によればBLは手コキ、フェラチオ、アナル、SMとあらゆる種類の性行為が描かれている。日本の女子学生が男子対男子のファンタジーなセックス描写をペドファイルの欲望と切り離して扱うとすれば、オーストラリアの大人達がそういった描写物を目にしたからといって道を踏み外すことはないと考えるだろう。

別の例も挙げよう。TVシリーズ『スーパーナチュラル』に出てくるウィンチェスター兄弟の間に性的なシナリオを想像するWincestだ。Wincestスラッシュは109,000サイトがGoogleでヒットする。ウィンチェスター兄弟は大人だから多くがフィルタリング対象外だ。しかし、それは本当だろうか。近親相姦はフィルタリングの対象のカテゴリとなるため、現在はオーストラリアでWincestサイトを読むことは違法ではないが、フィルタリング導入後はブラックリストの対象となる。繰り返すが、ファンタジー物語を好むファンダムと、ファンダムの中で実際に発生する近親相姦との間に関係が存在するかという研究は興味深い。

これらはコップの中の嵐、ささいなことだろうか。結局のところ、提案されているブラックリストは不平を基盤としたシステム上でコンパイルされている。政府は検閲部隊を募集する代わりにオーストラリアメディアコミュニケーション局(ACMA)に委託しようとしている。正気であれば、BLやWincestを探すためにACMAの時間を使おうとは思わないだろう?だが残念ながら、私たちは2007年のGreat LiveJournal StrikeThroughを経験している。このときはハリーポッタースラッシュ(未成年のため)やスーパーナチュラルスラッシュ(近親相姦のため)が一括削除された。レイプや近親相姦、ペドフェリアを非難するキリスト教右派グループ「無垢なる戦士」による法的措置に管理者たちが促されたものだ。管理者は内容を確認せずにキーワードに基づいてサイトを削除した。多くはファンサイトだったが、性的虐待サバイバーをサポートするサイトも含まれていた。

ファンによる瞬間的かつ大規模な反発を受けた政権は方針を転換して削除されたサイトのほとんどが復元されたが、このようなバランスの取れたアプローチはオーストラリアでは根付かないだろう。既に見てきたようにオーストラリアの法律はこれらの表現をブラックリストとしようとしている。オーストラリアには(アメリカと違って)表現の自由に関する修正第一条の権利がない。オーストラリアのファンとファンダム研究者は右翼の圧力団体に対して非常に脆弱となる。

フィルタリングが法律となれば、オーストラリアのファンは国際的なファンダムから切り離される。また、少なくともオーストラリアに居住している限り、オーストラリアの学者はACGやファンダムを研究することはできなくなる。この提案の批判者は、このレベルのフィルタリングを行った場合、イランやサウジアラビアと同類のカテゴリーにオーストラリアを分類する。ファン活動とファンダム研究者にとってはこれは誇張ではない。オーストラリア政府のフィルタリング提案に反対の方はnocleanfeed.comへ。

*1:Australia Set to Introduce Internet Filter that Could Block Access to Thousands of Anime, Comics, Gaming (ACG) and Slash Fan Sites

*2:2人以上の男性間における幻想に焦点を当てたファン・フィクションである。しばしば性的要素が入る。

*3:趣味・アニメ・漫画・小説・スポーツなどの分野の熱心なファンによって形成されたサブカルチャーである